●結論
結論から言うと、ナウシカに出てきたキツネリスがラピュタにも登場する理由は、公式に「世界がつながってます!」と言ってるわけやないんよ。
でもね、おじさんは思うわけ。
「キツネリスが両方に出てくるだけで、物語の世界がちょっと広がる気がしてええよなぁ…」
って。
むしろファンとしては、
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ナウシカの世界より昔にキツネリスの祖先がいたんちゃうかな
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もしかしてジブリ世界には共通の“豊かな自然”があって、そこに同じ生き物が住んでたのかもしれん
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いやいや、ただ単に宮崎駿監督がキツネリスを気に入ってただけ説もある
こういう妄想が楽しいわけよ。
この記事は完全におじさんの“ひとり空想”。
公式設定じゃないけど、ラピュタとナウシカが好きな人ならニヤッとしてくれるはずやで。
→ なぜナウシカにもラピュタにもキツネリスが?
まずこれな。
キツネリスって、本来は『風の谷のナウシカ』の世界に住んでる生き物として登場したんよ。
ところがその数年後に公開された『天空の城ラピュタ』にも似た雰囲気のキツネリスがひょっこり出てきた。
理由はいくつか考えられるで。
もちろん全部おじさんの空想やけどな。
■① 監督が単純に「キツネリス好き」説
宮崎駿監督って“動物キャラの作り方”が天才的で、特に小動物には愛情を注いでる。
その中でもテト(ナウシカのキツネリス)は人気も高い。
そりゃ監督が気に入ってたら、次の作品でも使いたくなるよなあ…っておじさん思うで。
実際、作中で特別説明もなくひょこっと出てくるところなんて、
「あ、また出したかったんやな」
って微笑んでしまう。
■② “自然の豊かさ”を象徴するキャラとして再利用された説
ジブリ作品って共通して「自然との共存」がテーマやん?
キツネリスみたいな小さな生き物は、自然が豊かじゃないと生きていけん。
だから**「自然の象徴として両方に登場」**した可能性はあるな〜と思うわけよ。
ナウシカでは腐海という過酷な環境の中でも生きる逞しさを、
ラピュタでは空に浮かぶ緑の世界の静かな豊かさを、
それぞれキツネリスがちょこっと象徴してる気がするんや。
■③ “ジブリの世界はつながってる?”と思わせる遊び説
公式には何も言われてへんけど、ジブリってたまに同じ動物モデルを別の作品にも使うことがある。
これは
「そういうこと考えるの好きやろ?」
という監督からファンへの遊び心なんちゃうかな〜と、おじさんは勝手に思っとる。
ラピュタにはナウシカほど深い設定はないけど、
同じキツネリスが出るだけで「どこかでつながってるかも?」と感じられる。
この曖昧な“ゆるいリンク感”がまた良いんよ。
→ ラピュタの世界とナウシカの世界、どっちが先?
これまたファンの間でよく語られるやつやな。
◆ナウシカの世界のほうが“はるか未来”説
ナウシカは文明が崩壊した未来の物語やし、
ラピュタは“高度文明が栄えていた時代”の名残が描かれてる。
端的に言うと、
ラピュタ:栄えていた時代
ナウシカ:その後、人類が衰退した未来
って考えるとつながる気もしなくはない。
ただしこれは全部“おじさんの空想”。
公式が言ってるわけやないから、あくまで「そうだったら面白いな〜」くらいやな。
◆全く別の世界説
もちろん、作品単体で別の世界の話として楽しむのがいちばん自然やで。
キツネリスだけが“監督の遊び心で”行き来してるだけ、
それくらいのほうがジブリっぽくて好きという人も多い。
→ キツネリスってそもそも何者?
これは作品を超えて魅力的な存在や。
■① フォルムが反則レベルで可愛い
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ピンと立った耳
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ふわっとした尻尾
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小さな手足
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くりっとした目
おじさんでも胸が温かくなる。
■② ちょっと人懐っこい
ナウシカのテトなんて最初は警戒するけど、心を通わせるともうベッタリ。
ああいう“距離が縮まる瞬間”がたまらんのよ。
ラピュタでも似たような“安心した小動物”のあの感じ、実にええ。
■③ ジブリの小動物は世界観そのもの
キツネリスは単なる動物キャラやなくて、
「その世界の自然や歴史の豊かさを語る存在」
になっとるんよ。
登場時間は短くても、存在感が強いのはそこやと思う。
→ おじさんの妄想:もし世界がつながっていたら?
ここからは完全におじさんの空想タイムな。
こういう壮大な進化ロマンも考えられるんちゃうかなぁ。
もちろん公式の設定ではないけど、こうやって考えるのがファンの醍醐味やねん。
→ FAQ
Q. キツネリスは同じ個体なんですか?
→ ちゃうで。それぞれ別作品に登場する“同じ種族っぽい小動物”や。
Q. 世界は実際つながってる?
→ 公式には何も言われてへん。空想を楽しむ部分やね。
Q. キツネリスはどこから生まれたキャラ?
→ 宮崎駿監督の絵コンテ・スケッチから生まれたジブリらしいオリジナル生物やな。
●さいごに
キツネリスがナウシカにもラピュタにも登場するのは、ただの設定上の必然じゃなくて、
「監督の遊び心」や
「世界の豊かさを感じるための小さな光」
なんじゃないかと思うんよ。
そしてファンとして大事なのは、
「つながってるかどうか」は自分で自由に想像していいってことやな。
作品を超えて共通点を見つけてワクワクする。
これがまたジブリの楽しみ方のひとつでもあると思うわ。
またこういう“空想系”の記事やりたかったらいつでも言いな〜。
おじさん、いくらでも妄想語るで!