※この記事はネタバレを含みます。未鑑賞の方はご注意ください。
一見すると軽快な冒険活劇、でも中身はかなり変
『アデル/ファラオと復活の秘薬』は、
見た目だけならかなり分かりやすい映画だ。
-
1910年前後のパリ
-
ミイラ、古代エジプト、恐竜
-
科学者、警官、怪人物
-
そして大胆不敵な女性主人公・アデル
いかにも「楽しい冒険映画」が始まりそうな材料は揃っている。
でも、観ていくうちに気づく。
この映画、テンションがずっと一定や。
盛り上げようともしないし、
感動させようともしてこない。
アデルという主人公が、物語を裏切り続ける
最大の理由は、主人公アデルの存在。
彼女は、
-
正義感が強いわけでもない
-
世界を救いたいわけでもない
-
誰かのために戦っているわけでもない
ミイラを復活させるのも、
恐竜が暴れるのも、
パリが混乱するのも、
ほぼ全部「巻き込まれ事故」か、私的な都合。
それでも彼女は一切ブレない。
-
焦らない
-
感情を大きく動かさない
-
恋愛にも傾かない
この「主人公らしくなさ」が、
映画のテンポと空気を独特なものにしている。
ネタバレ:物語は盛り上がらないまま終わる
正直に言う。
この映画、
クライマックスらしいクライマックスはない。
-
恐竜は暴れる
-
敵はいる
-
事件は収束する
でも、カタルシスが薄い。
なぜなら、
-
誰かが大きく成長するわけでもない
-
犠牲による感動があるわけでもない
-
勝利の余韻を強調しない
物語は淡々と進み、
淡々と終わる。
それでも「つまらない」と言い切れない理由
ここが、この映画の厄介で面白いところ。
-
退屈だったはずなのに
-
何日か経っても思い出す
-
キャラの顔やセリフが残っている
これは、
物語の構造が“記号消費”になっていないから。
-
アデルはヒロイン像を提供しない
-
映画は感情を誘導しない
-
観客に答えを渡さない
だから、観る側が
「どう受け取ればいいのか」を
ずっと考えさせられる。
恋愛を排したことで生まれた異物感
多くの冒険映画なら、
-
男性キャラとのロマンス
-
感情的なつながり
-
ヒロインの弱さ
が用意される。
でもアデルは違う。
恋愛は、
-
物語を進める動力にならない
-
アデル自身の変化にもならない
この割り切りが、
映画をどこか冷たく、
でも忘れにくいものにしている。
続編が欲しいのに、要らないと思ってしまう不思議
観終わると、
-
もっと観たい気もする
-
でも続きはいらない気もする
という矛盾した感情が残る。
アデルは、
-
変わらない
-
学ばない
-
成長しない
だから続編を作っても、
同じことを繰り返すだけになる。
それでいい主人公なのに、
それを映画として量産すると壊れてしまう。
この映画は「合わない人にはとことん合わない」
はっきり言うと、
-
盛り上がりを求める人
-
スカッとした結末が欲しい人
-
主人公に感情移入したい人
には、あまり向いていない。
でも、
-
どこかズレた映画が好き
-
女性主人公に依存しない強さを求める人
-
一作完結の変な余韻が好きな人
には、妙に刺さる。
総評:これは「楽しい映画」ではなく「残る映画」
『アデル/ファラオと復活の秘薬』は、
-
大傑作でもない
-
名作と呼ぶには癖が強い
-
でも確実に忘れにくい
そんな映画だ。
続編が作られなかったのも、
評価が割れるのも、
すべてこの映画の性質そのもの。
きれいに終わらせない勇気。
観客に余白を残す覚悟。
それを選んだ時点で、
この映画はもう「普通の冒険映画」ではない。
評価が割れる理由をネタバレ込みで考察
──『アデル/ファラオと復活の秘薬』が好き嫌いを生む正体
※この記事は映画のネタバレを含みます。
『アデル/ファラオと復活の秘薬』は、
観た人の感想が極端に割れる映画や。
-
「つまらない」
-
「盛り上がらない」
-
「よく分からない」
という声がある一方で、
-
「なぜか忘れられない」
-
「独特で好き」
-
「他に代わりがない」
と評価する人も多い。
なぜここまで評価が分かれるのか。
それは単なる好みの問題ではない。
理由① クライマックスが“存在しない”
まず最大の理由。
この映画には、
分かりやすいクライマックスがない。
-
大きな感情の爆発がない
-
勝利のカタルシスがない
-
主人公の覚醒がない
恐竜は暴れ、
事件は収束する。
でも、盛り上がらない。
多くの観客が期待する
「ここで盛り上がるはず」
という山場を、
映画がことごとく避けていく。
これに慣れていない人ほど、
「肩透かし」を食らう。
理由② アデルが“共感される主人公”ではない
アデルはヒロインなのに、
-
感情を吐露しない
-
弱さを見せない
-
観客に寄り添わない
助けた人に感謝されても、
世界が混乱しても、
彼女はどこか他人事。
ここで、
-
感情移入できない → 退屈
-
理解できない → 冷たい
と感じる人が出てくる。
逆に、
-
主人公に迎合しない態度
-
自立しきった存在感
を面白いと感じる人もいる。
ここで好みが完全に分岐する。
理由③ ネタバレ:物語の動機が「個人的すぎる」
ネタバレになるが、
アデルが行動する理由は極めて私的や。
-
姉を救いたい
-
自分の都合を優先したい
世界のためでも、
正義のためでもない。
結果として街が救われても、
それは“副産物”。
この動機の弱さが、
-
ヒーロー映画として観る人
-
冒険活劇を期待した人
には、物足りなく映る。
理由④ 世界観がリアルとファンタジーの中途半端
この映画は、
-
歴史劇のようでもあり
-
ファンタジーでもあり
-
コメディのようでもある
でも、どれにも全振りしない。
-
シリアスになりきらない
-
笑いも突き抜けない
-
感動も押し付けない
この「中途半端さ」が、
-
雑多で魅力的
-
まとまりがない
と、正反対の評価を生む。
理由⑤ 続編を想定しない終わり方
ネタバレになるが、
ラストはすっきりしない。
-
すべて解決した感じがしない
-
キャラの未来が見えない
-
成長の区切りがない
多くの映画がやる
「これで一区切り」
を、あえてやらない。
これを、
-
未完成
-
投げっぱなし
と取る人もいれば、
-
余白
-
美学
と取る人もいる。
評価が割れる最大の原因は「期待とのズレ」
結局のところ、
『アデル/ファラオと復活の秘薬』は
観る側の期待を裏切り続ける映画や。
-
冒険映画を期待 → 静か
-
ヒロイン映画を期待 → 冷淡
-
成長物語を期待 → 変わらない
このズレを「失敗」と感じるか、
「意図的」と感じるかで評価が真逆になる。
まとめ:評価が割れるのは、この映画が誠実だから
この映画は、
-
観客に合わせない
-
分かりやすくしない
-
感情を操作しない
その結果、
-
嫌われもする
-
でも強く残る
万人向けではないが、
刺さる人には深く刺さる。
評価が割れる映画は、
だいたい“作り手の覚悟”がはっきりしている。