本当は誰よりもまっすぐだった彼女の物語(ネタバレあり)
『ウィキッド』や映画版を観た人が必ず思うことがある。
「え、エルファバ全然悪くないやん…?」
そう。
物語をちゃんと追えば追うほど、
“悪い魔女”という呼び名がどれだけ理不尽かが見えてくる。
ここでは
なぜ彼女が悪者として語り継がれることになったのか
物語の流れに沿って分かりやすく整理していくで。
まず結論:エルファバは“悪”になったのではなく“悪にされた”
エルファバはもともと
✔ 不正を見過ごせない
✔ 弱い存在を放っておけない
✔ 権力に屈しない
という、むしろヒーロー気質の持ち主。
それなのに彼女は
「西の悪い魔女」として歴史に残ってしまう。
理由はシンプルで残酷や。
体制に逆らったから。
転機は“オズの魔法使い”との出会い
エルファバは、自分の力が認められ、
オズの国をよくする手助けができると思って旅立つ。
でもそこで知る真実はあまりにも重い。
✔ 魔法使いは本物の魔法を持っていない
✔ 動物たちの権利を奪い、迫害している
✔ 国をコントロールするために恐怖と嘘を使っている
つまりオズは、
理想の国の象徴ではなく、支配の象徴やった。
エルファバはここで選択を迫られる。
👉 権力側につくか
👉 真実の側につくか
彼女は迷わず後者を選ぶ。
この瞬間、彼女はヒロインから“国家の敵”に変わる。
正義の行動が「危険思想」になる瞬間
エルファバは動物たちを助けようとする。
嘘を暴こうとする。
支配に従わない。
でも権力から見ればこれは
✔ 反逆
✔ 危険思想
✔ 国の秩序を乱す存在
になる。
だから国はこうする。
「あいつは危険だ」と広める。
ここで生まれたのが
“悪い魔女”というレッテルや。
見た目の違いも「悪」の象徴に利用された
エルファバは緑の肌を持って生まれた。
この“見た目の違い”は、
社会が彼女を遠ざける理由としてずっと使われてきた。
そして権力側はこれを最大限利用する。
✔ 見た目が普通じゃない
✔ 変わった力を持っている
✔ 逆らっている
この3つが揃えば、民衆を煽るのは簡単や。
「ほら見ろ、あれは悪い魔女だ」ってな。
グリンダとの分岐も大きい
親友だったグリンダは
同じ真実を知りながらも別の道を選ぶ。
✔ エルファバ → 真実を守る側
✔ グリンダ → 体制の中から守る側
グリンダは国の象徴として残り、
エルファバは反逆者として追われる。
ここで歴史は“勝者の物語”になる。
残るのは、
「善い魔女グリンダ」
「悪い魔女エルファバ」
という分かりやすい構図だけ。
彼女は本当に“悪いこと”をしたのか?
作中でエルファバがやったことは
✔ 動物を助ける
✔ 嘘に反抗する
✔ 大切な人を守ろうとする
これだけ見るとむしろ正義側や。
でも“正義”はいつも
勝った側が決めるもの。
彼女は負けた。
だから悪にされた。
それがこの物語の一番残酷でリアルなところや。
みた人の感想に多い声
作品を観た人の感想でもよく見かけるのがこれ。
・「エルファバが一番まとも」
・「悪い魔女って呼び方がつらい」
・「正しいことをしただけなのに」
・「現実の社会と重なる」
つまりこれはファンタジーの形をした、
レッテルと情報操作の物語でもある。
エルファバは“悪役”ではなく“抵抗の象徴”
エルファバは暴君でも支配者でもない。
彼女はただ、
「それは間違ってる」
と言い続けた人や。
でも世の中では、
声を上げた人の方が危険人物にされることがある。
『ウィキッド』はそこを真正面から描いてる。
まとめ:悪い魔女とは、真実を曲げなかった人
エルファバが悪い魔女になった理由は
✔ 体制の嘘に従わなかった
✔ 弱者を守ろうとした
✔ 見た目の違いを利用された
✔ 権力側に物語を書き換えられた
この積み重ねや。
彼女は闇の象徴じゃない。
“正しさを選んだ代償”の象徴や。
だからこの物語は観終わったあと、
胸にずっと残る。
「本当に悪いのは誰だったんだろうな」ってな。
追記:エルファバは幸せだったのか?
『ウィキッド』を観終わったあと、多くの人の胸に残る疑問がこれやと思う。
「エルファバは、結局幸せやったんやろか?」
見た目は誤解され、社会からは追われ、
最後は“悪い魔女”として語り継がれる人生。
これだけ聞いたら、不幸にしか見えへん。
でもな、この物語はそんな単純な話やない。
子ども時代のエルファバに「幸せ」はほとんどなかった
生まれたときから周囲と違う見た目。
父からの拒絶。
社会からの視線。
「そのままの自分でいい」と言ってもらえない環境で育った。
この時期だけ切り取れば、
正直、幸せとは言いにくい。
彼女はずっと
**“理解されない側の人間”**として生きてきた。
それでも彼女の人生には“本物の幸せの時間”があった
エルファバの人生は暗いだけやない。
ちゃんと光の時間もある。
■ グリンダとの友情
最初は最悪の出会い。
でも少しずつ距離が縮まり、
「自分を対等に見てくれる人がいる」
という体験をエルファバは初めて知る。
あの時間は、
彼女にとって確実に“幸せ”やった。
■ フィエロとの愛
フィエロは、外見じゃなく中身に惹かれた数少ない存在。
「君はそのままでいい」
そういう空気で接してくれた。
ずっと「変だ」と言われてきたエルファバにとって、
これは人生で初めての“安心できる場所”。
この時間も間違いなく、幸せや。
じゃあなぜ「かわいそう」に見えるのか
理由はひとつ。
彼女はいつも「楽な道」ではなく「正しいと思う道」を選び続けたから。
✔ 愛される道を選ぶこともできた
✔ 静かに生きることもできた
でも彼女は、
「見て見ぬふりはできない」
を選んだ。
その結果、
孤独になり、悪者にされる。
でもそれは「不幸な選択」ではなく、
彼女らしい選択やった。
エルファバの幸せは“静かな形”だった
エルファバの幸せは、
みんなに祝福される幸せ
誰からも愛される幸せ
じゃない。
彼女の幸せは、
✔ 自分を偽らなかったこと
✔ 大切な人に本当の自分を見せられたこと
✔ 少しでも世界を変えようとしたこと
この中にある。
派手じゃない。
でもめちゃくちゃ強い幸せや。
みた人の感想でも多い声
みた人の感想にはこんな言葉が多い。
・「不幸な人生じゃなくて、孤高の人生」
・「報われなく見えて、実は一番自分らしく生きた人」
・「彼女は孤独やけど空っぽじゃない」
エルファバは孤独だったかもしれへん。
でも“心まで空っぽ”ではなかった。
結論:エルファバは「楽ではなかったけど、幸せな瞬間は確かにあった」
ずっと笑っていられる人生ではなかった。
でも
友情を知り
愛を知り
自分を裏切らずに生きた
その事実は消えへん。
だからエルファバの人生は
「不幸な物語」ではなく、
「痛みの中でも自分らしく生きた物語」
やと思うんや。
そしてそれは、
観てる側の心にずっと残る“強い余韻”になっている。